やあだもう犯すぞ

オメガバース:仲良し三人組 Α火神 Ω氷室 Ω青峰 で暮らしている
●Α火神とΩ青峰が交際中
●Ω氷室とΑ火神は兄弟的付き合いで突き合う仲
●Ω青峰とΩ氷室は挿入なしのなかよし
Α火神×(Ω氷室+Ω青峰)



「あーやべえやべえ……」

 前屈みで小走りに家路を急ぐ。不自然な位置に提げた鞄はこれ以上ないほど内から押し上げられている布地を周囲の目から隠すためだった。いまほど自宅近くの見慣れた道を怖いと感じたことはない。
 我が家までほんの数メートル。青峰はご近所さんと顔を合わすことがないよう祈り、ドアまでの残りを駆けた。見知らぬ誰かにこの状態を知られるよりも、認識のある知り合いに知られた方が居心地が悪い。つきものの生理現象とはいえ、自分でコントロールすることが当たり前の発情期。決まった周期に合わせてそろそろとなれば、休みを取るなり抑制剤を飲むなり、対策は可能だ。二次成長を迎えたばかりの子供でもあるまいし、これが何度目の発情期だか。それでも青峰がまともに発情を迎えている理由は二つある。ひとつは予想外に早くヒートを迎えたこと。それも仕事中に。もうひとつは常備していた薬が切れていたこと。それも出先で。
 発情に気づいた青峰はすぐに会社へ有休を取ると知らせた。得るべき権利が二つ返事で受理されたのは自宅最寄り駅へ向かう地下鉄の車両にて。青峰は火照る身体をどうにかなだめすかしながら、スマートフォンを握りしめた。
 できることならば薬を求めにコンビニへ駆け込みたかったが、万一アルファに出くわしたらと思うと気が気でならない。青峰がまだ実家で暮らしていた頃、発情期に気づいたアルファの運転手に手を出されそうになったので、タクシーは非常時の手段として選ぶことができなかった。今でこそオメガ・ベータ・アルファの運転手を選べる時代になったが、それでも当時抱いた嫌悪感は拭えない。できるだけ徒歩で、できるだけ早く。安全な室内へ逃げ込むことしかできなかった。
 心も身体も苛む苦い誘惑にかられながら同居人を思い出す。
 青峰と同じオメガの彼は車を所持している。厄介な体質を持つ対処法として貞操帯も身につけていた。青峰もトラブルから逃れるためにそれなりの手段を取らなくてはならないのだが。同じオメガとして、彼の対策を真似したくはなかった。免許こそ持っているが車は高いし貞操帯は大嫌いだ。
 シャツの下でぴんと立った乳首のかたちが嫌というほどわかる。喉は渇いて舌が疼いた。口があるべき形を欲している。
 あいつのペニスが欲しい。皮の剥けた脈打つ熱いペニスが。後孔を解すための前戯も早々に、窄まりにセックス・ジェルを流し込まれてそのまま貫かれたい。今すぐこのまま昼前の往来で、そこの電柱にしがみついて後ろから犯されたい。乱暴にベルトを外されて、下着ごとパンツをずり下げられて。たった数度突かれただけで達してしまうことだろう。
 かつての記憶と願望が交じって快楽がぞくぞくと脳髄をふるわせて、思わず足を止めてしまいそうだった。走っていなければその場に崩れていただろう。早まってはいけないのだと己を諭すも我慢の限界が来ていた。揺れるメッセンジャーバッグのポケットからキーチェーンを掴み出す。乱暴に自宅前の柵を押して公道から私有地に入った。これでもうほとんど安心していい。鍵さえ開ければ家の中だ。最悪庭で盛ってもバレなければ捕まらない。三人分の名字を記した表札の前で扉に鍵を差し込む。
 あいつの思い出は身体に毒だ。青峰はあの男によってオメガに目覚めたのだから。あの男が初めてで、あの男しか知らない。繁殖から恋に至るまで、あいつ以外を知らない。身体と心があいつを番と認めていた。
 だから。
 繁殖のために潤んでいた直腸はあの男を考えただけで窄まりから甘露を漏らした。快楽を示す屹立からは言わずもがなで、期待に蜜で溢れていた。前からも後ろからも己の意思ではどうすることもできないもので下着どころかパンツにまで染みを作っている。ここが家でよかったと青峰は安堵せずにはいられない。

「ちっくしょ早えっつの……。やべえやべえ妊娠する垂れるマジ垂れるたれてる」

 かちりと軽い音を立てて回った鍵を引き抜き、ノブを握ってほとんどドアに体当たりする。しかし扉はびくともせず目の前に立ち塞がった。
 鍵を回して開いたはずが閉じている。まさかと思いふたたび差し込み回せば今度は開いた。玄関先ではあるはずのない革靴が爪先をこちらに向けて。いつもは必ず靴箱に仕舞う彼なりの脱ぎ散らかしだ。この様子だと段階はフェーズ2。この時間に家にいるはずがないので青峰も靴を脱ぎながら奥へ向かって声を張り上げる。

「帰ってきてんのか? 氷室ォ?」

 ひとりだと思ってガレージを見なかったし、思えば柵も開いていた。彼がいるのであれば玄関の鍵が開けっ放しになっていたことも頷ける。いつからいたのか知らないが、それにしても防犯はしっかりしてほしい。彼は細部にこだわる分、肝心なところで抜ける上に大雑把だ。
 ベルトを外しながら廊下を進む。縒れたネクタイが落ちていた。拾い上げてリビングに向かえばストライプのシャツを着た背中がテーブルにつっぷしている。呼吸のたびに背中が起伏するが、寝ているわけではないだろう。ソファに投げ捨てられた値の張る上着から車のキーが垂れていた。
 匂いの元を探すまでもなく部屋中がメスくさい。青峰はジッパーを下ろした。痛みすら生じていた窮屈な部屋から解放される。彼の前では遠慮も配慮も不要だ。
 息を吸わなくとも皮膚を通して強烈なフェロモンにあてられそうになる。アルファではないだけ理性こそ失いはしないが、こいつの匂いは独特で、しかも呆れるほど性欲が強いので、大抵のオメガならばすぐにその気になった。発情期を迎え、呆れるほど”犯して”フェロモンを垂れ流しにして。よくアルファが入ってこなかったものだ。この家唯一のアルファの残り香が番犬を果たしたか。
 青峰と彼との発情周期は異なる。それでもしばしばふたりはこうして同時期にヒートを迎えた。同一箇所に住まうオメガやアルファにはよくみられることで珍しいわけではないが、同じアルファを求めるオメガとして快く受け入れられるはずがないのだ。単に面倒でもある。自分の発情期に振り回されてそれどころじゃないのに、他人の世話まで見ていられるか。『発情期』というだけあって、このときばかりは繁殖のために性欲のかたまりになるのだから。
 予想しなかった事態に、加えて薬を飲んだ様子もないオメガに対し、青峰は小鼻をふくらませ、こめかみをひくつかせて喚き散らした。リビングか自室でセックス・トイと励んでいる姿を目にした方がまだ落ち着きを得たかもしれない。青峰はソファへバッグを放り投げた。

「は!? ざけんなお前もかよ!」
「あーBLACK DICKん……。君もかい……? 部屋が二倍雌臭くなったじゃないか勘弁してくれ」

 乱れた黒髪がもぞもぞと動き、だるい口調がふざけた返事に拍車をかける。普段はまずあり得ない舌足らずなしゃべり方が青峰の神経を逆なでした。とはいえまずは生き残った理性で否定する。

「黒くねーし!」
「オメガのWinkieに用はない。タイガよこせ」

 欲望で潤んだ瞳にけだるげに見上げられる。上体を起こした氷室はネクタイどころかシャツのボタンをすっかり外していて、汗で濡れた裸体を晒した。清潔感のある青と緑のストライプのシャツの間から引き締まった肌がちらつくのはひどく目に毒なことだろう。唾液で湿らせた唇はうすく開いて、ペニスを待つ性器のようだった。つくづく外に表れる態度と中身がそぐわない。
 シャツから覗く銀の鎖とちいさな指輪に、慣れた身体が期待に疼く。こいつではないと十二分にわかっていても、揃いの鎖を身につけているのだから身体は誤認を起こしかける。

「発情期に荒れるのどうかしろよ。薬どこいった俺飲むから」
「俺はロハスなナチュラリストなんだ。心身の欲求には素直に従いたい。なあもう青峰くんでいいからソレしゃぶらせてくれないか。まず口でキめたい一発」

 腰を上げた氷室が膝だけでずるずると青峰の股下に寄ってくる。見れば彼はシャツと靴下のほかにはもう何も身につけないと決めたようで、腹に届かんばかりのふくれきったペニスが涎を垂らして床に道を作っていた。テーブルのそばに解錠済みの貞操帯が転がっている。充血し、まるい先端から蜜を垂らす生殖器は、種類が異なるのだとわかっていても魅力的に映る。舌が、口が、飢えている。
 悩ましげな表情で氷室は青峰の脚にまとわりつくと、濡れた下着に鼻をすりつけ音を立てて嗅ぎ始める。目蓋を下ろし、陶酔の只中で得るべき雄を探す。氷室の頬はひどく火照っていた。唇で汚れた下着をはさみ、いまだ布に収まった屹立を露わにしようとずり下げる。火神であれば汗を含んだこの黒髪を撫でるのだと思いながら、青峰の手は動かなかった。重量を持った氷室のペニスがぺちんぺちんと膝に当たる。膨らみきった嚢は溜め込んだ精で満たされていることだろう。

「オモチャ使えや」
「わかった双頭バイブ使おう。ころがってるから動いてくれ」
「てめーが動け。つかんなご立派勃起チンポ転がしてお前のキンタマは何のためについてんだよ! しゃぶりてえのいますげえ我慢してんだ察しろ!」
「ふざけろよ、こんなもんクリトリスだ! 挿れるためにあるんじゃない俺のためにあるんだ糞が! OK,huh?! 」

 据わった目で中指を立てられる。青峰のペニスを咥えようとしていたどの口が言うのかそっくりその台詞を返してやりたい。青峰は青筋を立てて怒鳴った。

「ふざけろよ性悪ガバマンクソチンポ! さっさと薬飲んで寝ろ!」
「もういい順番にやろうじゃんけんで決めよう交代でハメて勝った方先行ではいいくよじゃんけんほーい」

 疲れた手で互いにグーを出す。次のかけ声は青峰が出した。精も根も尽きて低い。

「あーこっしょ」

 青峰の手はチョキ。日焼けの薄い氷室の手もまた二本の指を突き出していた。ふざけた奴にはこのまま鼻か目に突き刺せといつかあいつに語っていたのを聞いた。

「しょ」
「しょ」
「しょ」
「しょ」
「しょ」
「しょ」
「FUCK!!!」
「物に当たんな!」

 八度目のあいこに堪忍袋の緒が切れた氷室が目にも止まらぬ動作でソファを蹴る。ふざけた展開にそのままふたりで床に転がった。仰向けに大の字で広がったかと思えば、氷室は駄々をこねる子供のように床でころんころん寝返りを打つ。こころのつかれた青峰は膝をついて床を殴った。当初の目的だった抑制剤は探す気力も失せている。

「くっそ火神のチンポハメてえーーーー!!!!!」
「セックスさせろ!!!!! 帰ってこい!!!! タイガ!!!!」
「無理じゃね俺らオメガプレイして待つしかなくね」
「神様おねがいします発情期のタイガをふたりいますぐここにくださいおねがいします。ふたりでいいんですがまんしますなんならエレクト済みでおねがいします」
「オナ禁一週間でもいいぜ……」
「それいいすごく。さいこう」

 仰向けに転がったふたりは頭を寄せ合い、職場で平和に過ごすアルファに思いを寄せた。薬箱には間違いなく抑制剤が入っているはずなのだが、ふくらみきった欲望をもはや薬で抑えることはできない。氷室と交尾の真似事に耽るほか道はないようだ。このあとのために寝室にあるセックス・トイの種類を思い出す青峰の耳に、聞き慣れた物音が。

 ガチャ。

 ふたりが望みに望む最後の同居人―――口と鼻をマスクで覆い、立っているのも苦しそうなアルファ―――がリビングのドアを開いてそこにいた。火神は床にころがるふたりを前にぐったりとうなだれる。

「マジがよどっぢもいるどか……。わりい……ヒードなっぢまっだからどっか避難してぐんね……? 薬ねえしマジずげー重くてじにぞ……」

 マスクの下は鼻栓をしているのだろう、火神は不明瞭な声でどうにか訳を話す。いまにも床へ崩れてしまいそうな姿だった。火神は青峰の衣服の乱れどころか、氷室の露出した下半身にも気づいていない。
 ふたりは顔を見合わせた。むっと迫る雄の匂いに覚えていたのはそこまでだった。