いの一番に真っ新なお前に手をつけておきたいっていう



 今日の兄はどこか妙だった。年末年始をともに過ごし、次に会うのは二月と決めたばかりなのに、三連休に来てもいいかと急な電話を受けたのがつい先日のこと。何か特別な用事があるのかと聞けば言葉を濁した。こちらに来る予定があるわけでもなしに、めずらしい。受験生である兄がわざわざ時間を割いてまで火神に会いたいと願うことに、少なからず浮かれた。
 それだけで済めばたまの気まぐれで片付けることができる。今日の兄ときたら駅へ迎えに行くという火神の申し出も断って、ひとりでチャイムを鳴らした。そうしてまだ日も高いのに火神を求めた。部屋に転がるバスケットボールを素通りして、勝手知ったるクローゼットから客人用の布団を持ち出す。遊びに来たアレックスや、電車を逃した部員やキセキあたりに出すそれは、兄相手では用途が異なる。おおっぴらに口には出せないあんなことやこんなことをするために使うのだ。ゆえにリビングに敷いた布団へ兄が座れば、火神に抗う術はない。おかげでカーテンも閉めずにこんな時間から兄と身体を重ねている。
 まだ正月であったかと熱に溺れる頭で考えた。しかし始業式は終わったしもうしばらくすれば学年末テストで相田からつつかれている。正月は過ぎて、あるのは冬の日常のみ。もしや火神の願望が結実した夢の只中にあるのだろうか。兄がバスケよりも火神を優先するだなど、どうにもおかしい。
 急き立てられるように剥かれた下腹部で火神はあぐらをかき、そこに兄は腰を下ろして突き上げられる衝動に声を籠もらす。火神を椅子に見立てれば、背もたれの両端から脚を伸ばして身体を押しつけるような格好で。すなわち火神の腹に硬くしなった雄をぐりぐりと押しつけて、背に腕をぎゅっと回して抱きついている。互いに脱ぎそびれた煩わしいシャツには指輪がかかったままで、その形すらくっきりとわかってしまうほど、氷室は火神にしがみついた。爪こそ立てていないが、シャツに皺ができていることだろう。
 間近に兄を感じるこの格好が嫌いなわけではない。首元や頬や耳に汗を含んだ髪がかすったり、熱った頬がくっついたり。上気した兄の発するいつまでも嗅いでいたい懐かしい体臭。耳元で聞こえる吐息。詰まる息。重ねた身体は熱く、何より兄の内側に入り込んで、嫌であるはずがない。
 しかしだけれど、やはりなんだか。兄に大人しく身を任せることができないでいる。いつもと勝手が違うからだろうか。先にバスケをしていたなら、素直に行為に及んでいたかもしれないのに。何もしていないのにプレゼントを与えられて、褒めそやされているような、居心地の悪さがぬぐえない。
 兄は初めからこれが目的であったかのように火神を開いて、その上に跨がれば自ら腰を動かした。いまは火神が主導権を握っているが、それでもこの体勢は動きにくい。向きを変えようとすれば「このままで」と止められた。しかし初めから今までずうっとこの格好で続けている。火神はもう一度問うてみた。腕に収まるこの兄へ。

「やりづらくねえ?」
「俺は、平気。いつもよりタイガに甘やかされている気がして好きだな」

 表情こそ見えなかったが上機嫌のそれで。火神は思わず口をつぐんだ。甘やかされているのはこちらだ。火神へ向ける口調まで今日はどこか優しい感じがする。まるで幼い頃のようなそれは、庇護すべき存在へ気を砕いているようにも感じる。
 かつてを思い出させるそれは、兄への思慕をたやすくくすぐる。しかし決定的となった違和はふくらむばかりでどうにも気にかかった。兄の気に障るようなことを、またもやしでかしてしまったのだろうか。動くのをやめた火神はマジックテープを剥がすような心地で兄の身体から距離を取った。鼻の先がくっついてしまいそうな近さではあったが、向かい合って尋ねてみる。むずかしい顔をしているのだろう、眉間のあたりに力が寄ってへんな感じだ。

「タツヤ、俺……なんかしたか。ですか」
「なにかしたって……まだ何もしていないじゃないか。どうした?」
「いや、なんつーか。なんか今日はタツヤらしくねえっつうか」

 汗にまみれた兄は他意のない表情で目をぱちくりと瞬かせる。問われたので今日一番の気がかりを答えたが、よくよく考えればまだ何もしていないとはおかしくないだろうか。更なる謎に火神が手一杯になりそうななか、氷室はひとり思索に耽った。

「……願掛けだよ」

 やっとのことで紡がれたそれは、しかしながらどうにも答えになっていない。ばらばらになったパズルのピースをひとにぎり与えられただけで、完成にはほど遠い。火神にはわからないことだらけだ。
 もしかしてからかわれているのだろうか。要領を得ないので問い返せば、「笑うなよ」とちいさく返される。
 惜しみながら火神が設けた距離をひといきに埋めて、兄が抱きつく。そうして耳元でひとこと。

「かがみびらき」