いきものの扱い方

火神:兄の氷室を思慕している
氷室:火神を弟として愛でている
肉:火神専用オナホ



 これへの性交は半ば義務であり、同時に奉仕でもある。
 
 風呂から上がった後のように全身から滴り落ちる汗を、用意していたバスタオルで拭った。心臓が早鐘を打っている。セックスの後のクールダウンの仕方を考えなくてはならないなどと妙に冷静なのは、兄以外を相手にしたからだろう。運動量だけならば変わらないのに。
 リビングに敷いた大判の円形マットの上に今し方犯し尽くした肉が転がっている。シーツ、防水シート、マット、防水シート。いつも念には念をと準備をしているので、あらゆる体液は床と無縁だ。ベッドでは狭く、思うさま身体を動かすことができないので、これに対してのみこうして格別の待遇でもてなしている。これの口から文句を聞いたことはない。犯されれば何だってよいのだ、これは。
 肉のついた胸部が平時よりも忙しないテンポで上下を繰り返す。噛み跡はどれも褐色の肌に鬱血を残し、あちらこちらに刻まれている。執拗に虐めた乳首は赤く膨れていて、熱を持っていることだろう。
 力の抜けた両足の間からは泡立った精液がとろとろと垂れていた。これは身体が柔らかいので、多少無理な姿勢を取らせても根を上げることはなかった。締めることを忘れた後孔が、そこにあった物の形を思い出すかのようにぽっかりと口を開けて、時折悶えるように収縮した。太腿の内側は相反する色で汚れて溜まりを広げる。薄く開いた瞳に意識はなかった。
 
 眼下に放った男の、さんざ嬲り尽くした姿に火神はようやく安堵する。
 これで兄と会うまでの一週間、己を律することが――我慢することができる、と。
 
 バスタオルを首に掛け、台所へ向かう道すがら、テーブルに置いた指輪をやわらかく撫でた。冷蔵庫から二リットルのペットボトルを取り出し、喉を鳴らして水を味わう。冷気と水分を得て、幾分か思考が明瞭になった気がする。
 火神はペットボトルを持って肉のそばに再び近寄り、耳元で容器を揺らして水音を鳴らした。唇の端からは涎が垂れるままで、意識が戻る気配はない。いつもならば放ってシャワーを浴びに行くのだが、今日はどこか気に掛かった。このまま放ってしまってはいけないという、どこか虫の知らせに似た違和。
 これは火神の欲を受け止める肉であったが、使い捨てられるものではなかった。これへの性交は半ば奉仕であり、対価でもある。火神のバスケの相手をする代わりにと、青峰が望んだ対価。
 火神は青峰とバスケさえできればよかった。インターハイ出場を賭けた決勝リーグの敗北の後、男子トイレで苛立ちに任せて犯しただけであって、その後の関係を続けようとは微塵も思わなかった。
 火神が青峰に望むのはあの競技のみ。それだのに青峰は進んで火神に犯されたがった。だから相手をしてやった。兄と仲直りをしてからは、兄と会う前の性欲処理として活用している。それでこれがいいというのだから、これでいい。 
 性欲処理相手としてはどうなろうと構わないが、いくらでもバスケができるバスケ相手がいなくなるのは困る。火神はペットボトルを傾けて水を口に含むと、肉の傍らに屈み、口移しで飲ませてやった。変わらず意識はなかったが、舌で口内を刺激するとゆったりと嚥下を繰り返したので問題はないだろう。
 顔のそばに水の残ったペットボトルを置いてやった。両足の間の精液だまりは漏らしたように広がっていく。
 これがしばらく目を覚まさないことはわかっていたので、火神はシャワーを浴びてしまうことにした。身体に残した歯形も、虐めた跡も、そのうち消えることだろう。いつものように。 
 火神は未だ開いたままの口内に指を入れた。
 呼吸に応じて起伏する胸部は落ち着きを取り戻している。前触れもなく侵入した指を噛むことなく、青峰は濡れた内頬の粘膜を無防備に晒す。指で触れれば脈の速さが微かに伝わった。首筋よりも微かな振動。
 ふと、青峰の口が閉じた。噛まれることはなかった。顎は動かなかったのだ。
 閉じた口腔は熱く、それでいて湿っていた。唇の裏の粘膜にやんわりと挟まれた指から伝わる鼓動。
 火神はしばし時を忘れた。
 
「ってことがあって。あいつも生き物なんだ、って。思って」 
 二週に一度の逢瀬。ソファに並んで腰掛けた弟は、己の身に起こった出来事をどこか夢心地で共有する。指を通した氷室の手を戯れに。自分の中では処理できない出来事や感情を解きほぐしていくように。
 弟は気づいているだろうか。己の話すそれが、幼子が親に対して行うことと同じだということを。他者との境界が鮮明になりはじめたが故の、世界に対する認識の変化。本来であればとうに済ませてあるべき行動だということに。
 一部始終を聞かされた氷室は用意していた答えを淀みなく喋ることに成功した。憐憫で心が弾む。
 不憫な弟の情操を育てることは必要であるが、それにしたって教材が不適当だ。真っ直ぐなくせに歪んでいるのは昔から変わらない。 
「タイガの情緒が豊かになって俺も嬉しい」 
 力の抜けた兄の手をきゅっと握った火神は、氷室の肩に頬を乗せて甘える。己に注意を向けて欲しいと静かに訴えた。 
「生き物、飼ってみてえな」
「タイガならできるさ。もう飼っているようなものなんだから」