勝手にヤってろ

   

 ※ヘテロ(恋愛性的対象女性)の劉と氷室
 ※劉と氷室に女性経験はない
 ※氷室は火神と肉体関係持ちで、他にも複数人♂と性的関係を結ぶ



 口から息を吐くと白い煙となって空へ上がっていく。きんと冷えた朝だった。
 夜のうちに積もった雪はこの時期にしてはそれほど多くはなかったが、寮の玄関前から歩道にかけて狭くはない一帯を片付けなくてはいけない。雪が降る時期になると寮生に割り当てられる当番制の雪かきは同室の者がペアで行う。今日は劉と氷室の番だった。
 プラスチックの除雪用ショベルが朝日を受けた白雪を台無しにしていく。劉は手を動かしながら相方に話しかけた。
「氷室ねむくないアルかあ?」
「俺は早起き得意だからね。毎朝そのへんを走ってる」
 彼の言う『そのへん』が体育館何十周程度の距離であることを知っている。氷室は朝に強かった。ついでに夜も強い。門限前に『そのへん』を走ることが多々ある。夜に強いというのはそれだけではないのだが。
「そういえば今度タイガが来るんだけど、泊めていい?」
「いーアルよー。俺に拒否権ないアルー」
「部屋出ていかなくていいのに」
 氷室が不満そうに唇を尖らせる。
 これで氷室の弟が泊まりに来るのは三回目だ。目立つので部外者だとはっきりわかるはずだが、氷室がは巧妙に管理人を手懐けたようで、彼はいつ来ても寮生のように振る舞うことができた。『ひとり暮らしをしている生き別れの弟にどうしても会いたい』だかなんだか。
 実際合っているので何も言えないし相手が氷室なので止めもしないし。
 問題なのは劉が氷室と同室であることだった。もっと突き詰めて言えば、弟が来た日は夜が長いということ。二人が夜中にシャワーを浴びに行くということ。同室者のあられもない声と以前試合でコートを共にした相手が同室者にあれやこれやをしている様を見せつけられるということ。
「寝させねえつもりアルかあ?」
「混ざりたかったら混ざっていいし。タイガが嫌がったらごめんだけど」
「イヤイヤ絶対イヤアル。あの弟と謎のキョウダイになるのは絶ッ対にゴメンアル」
「そうかなあ」
 劉は顔の前で片手をぶんぶん振り回して必死に訴えた。マフラーの裾まで左右に揺れる。
 豪快に鉄のダンプで一気に雪を片付ける氷室は新たな雪山の裾野に雪を積んで、それから考え込むように白雪の広がる景色を眺めた。
 耳当てとマフラーをしているとはいえ、寒さで頬に赤みが増している。灰色の重い曇り空だと言うのに氷室の頬がやけに眩かった。顔のいい男は生理現象まで様になるのかと、この男とともにいると知らなくていいことまで知る羽目になる。
「シュウは俺を男を破滅させるために天が遣わした菩薩だって言っているんだけどね」
「ソイツ頭の病院通ってるアルか」
「俺による破壊は救済で、解脱のための必然だって言っていて」
「ソイツ頭にアルミホイル巻いてそうアルね」
「だからもし劉が俺とすることがこの世の摂理だったらいいかなって思っていて。俺は劉とするんだったら、いいよ」
『いいよ』と己を促すその言葉を発するときだけこちらと目を合わせた。
 己に向ける男の眼差しと気配には遊びがなく、今ここで劉が首を縦に振りさえすれば彼は当たり前のように関係を持とうとするのだろう。その分、彼の一回は軽い。彼が気に入りさえすれば誰だって彼を抱くことができる。いいやその実、彼が抱いていると言ってもいいのだろう。
 思い切り頭を殴られた気分だった。取り返しがつかないような無機物で。それでもこの男に動揺を悟られることは死んでも嫌だった。劉は少しも解けない足元の雪をショベルで押していく。自分から離れた氷室に向かって声を張り上げた。
「この時間帯にする話じゃなさすぎて血の気引いてるアル」
「あはは、そうかもね。まあ、気が向いたら呼んでよ」
 雪山に雪を寄せて振り返れば、氷室はまた雪かきに戻っていた。その程度のことなのだ。あの男にとって劉に誘いをかけるということは。劉さえ話を持ちかけなければこれで終わることだろう。恐らくは。それでも。
 
 お前と関係を持ってその他大勢に成り下がるくらいなら、同室者の方がずっとマシだ。