いま友達の家にいます

兄弟がヤリ休日に映画を見ながらだらだらします
ゆるさ☆☆☆ なかよし☆☆☆ いちゃいちゃ☆☆☆

↓最後にお好きな方向け火氷+黒蛇足



「メキシコの国境に似てる」
「そういう映画だからな」

 金曜の夜に新幹線の最終便で東京駅へ。荷物を持つという名目で、一秒でも長く共に過ごしたがる弟と合流して電車に乗る。帰るのは日曜の午後。寮の門限までに間に合えばよい。寮母は氷室の外出に目くじらを立てないので気が楽だった。
 偶然東京で再会した、一人暮らしをしている生き別れの弟の様子を見に行く。外出理由に嘘偽りはない。
 腰に残るだるさを心地よく感じながら、楽しんだ後の格好のまま画面を眺める。ベッドに転がったまま不自由なく見ることのできる位置に備え付けられた液晶テレビで昨夜借りたDVDを流した。借りるのは必ず映画。ドラマは見入ってしまって帰れなくなるので外している。
 街灯で目が眩むほどまばゆい屋外のコートでボールを追って、汗をかく頃にはフェンスに身体を押しつけていた。家に着いてシャワーを浴びる前にもう一度。気が済むまで続けて、いつの間にか眠って。目が覚めても離れがたい。
 弟の部屋で寝間着を身につけていたのは、泊まり始めた頃だけだった。
 撚れてだらしなくなったシーツに体温は残ったまま。使い終わったローションやコンドームをそのままに、積み上げたクッションを背もたれにして過ごす。色気のないピロートークは幼い頃からの習慣だった。互いに、彼女ができたら愛想を尽かされることだろう。やっていることは男友達と過ごすそれと同じだ。
 先ほど注文したピザ屋のチラシがセックス用の小道具に混じってシーツに放られている。東京はいつでもピザの配達を行ってくれるから便利だ。
 ぬくもりが消えないように肌を寄せて隣り合う。弟がタオルケットの下で足の裏を二の足にすりつけてきた。
 どちらの親にも見せられない姿だ。

「これケツに薬物いれてんの? 全部覚醒剤?」
「下からじゃなくて上から。飲み込んだんだろう、全部。運び屋は金になるんだ。中国だと薬物関与は重罪だから、切羽詰まった奴しかやらない」
「腸内で溶けたらやばくね。ビニール袋で包んだだけだろ」
「その覚悟ありでやるんだろう」

 言うやいなや画面の女が血を吐きながら悶え出した。
 国が違えば刑罰も変わる。これに比べればアメリカ・メキシコ間の運び屋はピザの配達だ。荷を積んだ車を目的地に向けて走らせるだけでよいのだから。アメリカ市民たる白人だけの特権。
 弟は氷室が何を選んでも文句を言うだけで付き合ってくれる。氷室も弟が選ぶものは何であっても付き合った。気の置けない間柄の人間と性欲処理を済ませた後の怠惰なひとときを、こうして無駄口を叩きながらだらだらと過ごす。それは日本に来てからの、氷室の数少ない楽しみになった。寮でやろうとすると様々な制約があるし、したいと思う相手もいなかった。
 昔に戻ったかのようだ。互いに縦にも横にも伸びて、できることの幅ばかり広がって、咎める親はどこにもいない。

「タツヤさー、なんで生徒会やってんの? コスプレ?」
「腕章が欲しくてやるような物好きに見えるか」
「柄じゃねえじゃん。面倒事背負い込むタイプじゃねえし。教会の掃除だって、まとめ役にされそうだったのうまく逃げた」
「そんなもの小学生のときじゃないか。いつの話をするんだか」

 気取られないように隣の弟を盗み見る。横顔は汗でへたった髪のせいでいつもより大人っぽく見えた。バスケットボールのやり方を知りたがった子供に毎日のように教えたのは、面倒事のひとつに数えてもよかった。
 弟とは多くの時間を過ごしたせいで共有する思い出が多い。何を知っていて何を知らないのか、時々わからなくなる。互いに喋らないのは弟が日本に戻ってから誠凛に入学するまでの期間だけ。
 弟が進んで口にしないので、氷室も喋らないし聞こうとしない。弟を虐めようという明確な意志と気力がなければしないことにしている。
 画面では潜入捜査の一環で、捜査官が無理矢理鼻から薬物を吸っている。勧められるまま純度の高い薬物を多量に摂取する姿を、固唾を飲んで見守る周囲の緊張が伝わる。
 ひとつ間を置いて答えた。白い粉と生徒会がどう作用して今の問いに繋がったのだろう。

「生徒会はなり手がいなかったからやったまでで、面倒な仕事は背負い込んでない。書記だし、任期も後期になったら切れる」
「発表とか挨拶とか」
「発表って。そういうのはしないよ。文化系の部活じゃないんだし。時間取られてたら部活に出られなくなる」
「書記かー。タツヤ字ぃきれいだもんな」
「パソコンで打つことも多いけど」
「副会長とか、そういう……しょっちゅう表に出ない代わりに面倒なこと全部やる役についてんのかと思った」
「あのな、編入してすぐの帰国子女に要職やらせるのはよほどの物好きだ。内申点稼ぎの連中が喉から手が出るくらい欲しいものなんだぞ」
「そういうもんなんだ」
「タイガのとこにもあるだろう、生徒会」
「行かねえなあ。接点ねえし」
「大概の生徒にはそうだろうな」

 なり手がいなかったわけではない。書記ならば三役で、高い内申点がつくから立候補者は他にもいた。ただ、氷室の場合、会長に立候補したクラスメイトが、書記には氷室をと言って聞かなかった。奴とは共に仕事をするほど親密という認識はなかったが、ほぼ確定間違いなしの候補者に、氷室がいると仕事がやりやすくなるからと頼み込まれては断りづらい。部活の負担にならないという約束で請け負い、結果今に至る。
 会議や意見調整でサポートに徹している分、奴の提案通り軽い仕事で済んでいる。要は奴が仕事をしやすくするように人間関係を円滑にするのが氷室の求められた役割だった。そうしたことは部活で嫌というほどやっているので見込まれたのかもしれない。その反動がこうして遠方で爆発してる。

「客もてなすときにでけえ魚とか肉とか丸ごと用意すんのって共通なのな」
「うちは州によって違うだろ」
「南部に家買って狩りしてえ。鹿頭壁に飾んの」
「日本人が田舎行ってみろ。撃たれて放置だ」
「夢がねえなあ」
「アラスカにしとけ」

 全く非生産的だった。誰にも咎められずに、怠惰に無為な時間を過ごしている。
 たとえば弟の買い出しに付き合うだとか、氷室が足さねばならない用を足すだとか、どこかに出かけたりだとか。そういったことも勿論行う。だが、弟の、友人の、それも男の家に遊びに行く理由に生産性のある行為が必要だろうか。大概馬鹿なことをするために遊びに行く。くだらないと、意味などないとわかっているから顔を合わせて馬鹿をする。
 たとえば弟が普段できない部屋の掃除をしてやるだとか、自炊する弟の負担を減らすために料理をしてやるだとか。そうした気遣いを兄である氷室が考えないわけではなかった。実際、たまに行っている。弟がやってほしいと求めたときだけ手を出すようにしているが、世話焼きの弟は決まって掃除も料理も洗濯も自らの手でやりたがった。氷室は手伝いのみに留まっているが、それは弟が虚勢で求めないわけではないことを知っているからで。氷室をもてなすことが弟の楽しみになっているのなら、客として振る舞うのが礼儀というもの。甘やかしてくれるのならば甘えてしまおう。
 氷室が訪れるようになってからというもの、殺風景な台所にハンドドリップを行うためのコーヒー器具が揃えられたり、やや手の込んだ料理を作るようになっていたり。
 ちょうどいま恩恵に浴しているテレビなどまさにそれで、一度ラブホテルに寄った際に、寝ながら大画面で映画を見るのを気に入った弟が、同じことができるように設置した。
 以前はテレビの置いてあるリビングで見ながらしていることが多かった。下手な体勢で身体を痛めることがなくなった分、怠惰な生活に拍車がかかったのは良かったのか悪かったのか。
 どのような形にしろ、氷室によって弟の生活水準が向上しているのは確かだった。睡眠と米とバスケさえ与えていれば植物のように育つ弟が、氷室が過ごしやすいようにと心を砕いて部屋を整え、家事の腕を上げる。他でもない氷室のために。
 押しつけがましく主張する弟ではないが、だからこそ尚のこと、氷室を第一とする現状にさてどうしたものかと思案することがある。諸手を挙げて喜べるような根明気質ではないし、兄に対して尽くしすぎる弟への呆れもあるし。だがそれは同時に弟が自らの生活に気を向けている証拠でもあって、ていねいな暮らしとまではいかなくとも、人並みの、同世代の人間と同じくらいに暮らしに気をつけるようになるのであれば、結果として弟の生活も向上する。そうした気がするのだった。
 この弟には誰かがついていてやらなくてはいけない。
 価値観の狭さは時として美徳だが、この弟にはもう少し、日本の高校生らしい生活をしてほしい。せっかく日本にいるのだし、日々の生活の至るところに走る細かな罅に気がつかなくともいいのだと。
 そうした生活を見せてくれる相手は、叶うならば氷室以外がいいのだろう。氷室がしてやれない多様な価値観を与えてやって、見返りのない温かな愛情をありったけ注いでやる。しかし氷室はもう火神を手放す気はなかった。
 価値観が合って、話が合って、気の使わない同性で、セックスの相性もよく、共通の競技で結ばれている。
 氷室からさようならをするならば昨年のウインターカップが最後だったのだ。

「タイガ」
「ん」
「中国行ってみたいか」
「この映画見てる時に聞くとかなかなかじゃねえ? 一度は行ってみてえけど、言葉わかるようになんねえとつまんなそうでヤだな」
「意外に建設的だ。お前なら現地でうまくやっていけそうなのに」
「誰が何喋ってんのかわかんねえのに行って楽しいかよ。えっ、タツヤ付き合ってくれんの」
「お前となら行ってもいいよ。お前が着いてこなくてもいつか一人で行くけど」
「俺行くから。頑張るし真面目に」

 弟がこちらを向いて懇願する。誰かに真剣に頼み事をするとき、弟は決まって目を合わせる。他愛のない話のつなぎだというのに、弟は氷室との旅行を現実のものとして考えている。
 首を傾けて弟に凭れた。耳が前髪の垂れた弟の額に当たる。ぬるい手を掴んで指を絡ませる。乾いていて互いのざらついた手のひらが気持ちいい。

「楽しみだな」

 色恋沙汰をしているわけではない。だけれど、弟にはこうしたままごとをしてもよかった。しても心がすり減らない。
 弟だからだろうか。それとも、弟を恋愛対象としても見ることができるのだろうか。
 銃声に混じって遠く呼び鈴が聞こえた。重火器で武装した麻薬製造工場の摘発時にわざわざチャイムを鳴らす馬鹿はいない。ピザ屋で決まりだった。
 こうした出前ものを頼んだ後はセックスをしないことが大事だった。弟を挿れているときに呼び出されると、抜いても弟が離してくれなくて困る。
 耳をピンと立てた栗鼠のように弟が玄関を向く。起き上がろうとしたのを手で制し、先に身体を起こす。

「俺が行く。そこで待ってろ」
「支払いカードで済ませてあるから。もし請求されたら財布いつものとこにある」
「いつも悪いな」

 ベッドから降りると、あらかじめ床に用意してあった着ぐるみパジャマに足を通し、チャックで一息に着込んだ。フードも被れば、コンビニでポイントを集めると貰える皿やマグカップに描かれている例のクマそのものだ。生まれたままの尻と股が厚手の生地をまともに受けて困惑している。このざらついた感触も氷室には心地よい。
 弟が息を飲んだ。映画に戻らす氷室の着替えに目を向けるあたり、半ば予期していたことではあったが。

「えっ何それめちゃくちゃかわいくね」
「こういうこともあろうかとドンキで買っておいた。素っ裸で出るのはマナー違反だろ」
「マジかよ。タツヤ今日このあとドンキ行って俺の見立ててほしいんだけど……すげえタツヤに選んでもらいてえし、一緒にそれ着て寝てえ」
「セックスもだろ」

 弟にピンクのヒツジか白いモルモットを着せて、ボタンの間から突き出させたペニスを擦りながら舌を絡ませる姿を想像した。クリーム色のクマでもいい。何を着ても盛れるあたり、一種の才能ではないかと自賛する。弟と一緒にいると馬鹿なことしか考えない。
 ベッドまで詰め寄って、身体を横たえたままの弟に口づける。唇を割り開いて軽く舌を入れたから、フード部分のクマの細工が弟の目をやわらかく押し潰した。
 音を立てて唇を離す。氷室の影で薄暗く陰っていても、期待に濡れた瞳の輝きは隠せない。

「ベッドから出られたらな」

 背を向けて寝室を出るや否や、ベッドに大きな物が倒れ込む音がした。耳に届いたそれに僅かに唇の端を歪めて、軽い足取りで廊下を進む。
 つっかけるにはちょうどよい弟の靴をサンダル代わりに鍵を外して戸を開ければ、堆く積もったピザの袋。多量の注文を抱えた店員が、袋の柱から顔を出す。ピザを抱えるのに必死で、氷室の服装には気にも留めない。
 元は悪ふざけも混みで、地元の店で買ったものだった。肌にまとわりついて寝心地はよくないが、今のような咄嗟の対応では役に立つと思った。時間をかけず裸であることを隠せるのがいい。普段着にしては物珍しい服装に注目が行くのも都合がよかった。寮生からは「着ぐるみと中の人のギャップがえぐい」「完全にやばい人」「新しい性癖に目覚めそうで怖い」などと一応の好評を得ている。
 受け取ったピザとサイドメニューはあのままベッドで食べることになるだろう。
 またごろごろと横になりながら映画を見て、他愛のない話を繰り返しながら微睡んで。今日が終わるまでは何も考えなくていいだろう。そのためにこうしてここにいるのだから。









蛇足:お好きな方向け◇火氷+黒



 山と積み上げたピザとサイドメニューをコンドームやローションの隣に置いた。さっさと片付ければいいとわかってはいるのだが、どうせまた使うのだと思うと気が進まない。
 溶けたチーズに熱したオリーブオイル、焼けたチキンに熱々のピザ生地の匂いが漂ってくる。氷室は昨夜新幹線で夕飯を済ませてから何も食べていなかったことを思い出した。弟の腹が今までよく保ったものだ。

「ピザ持ってきたよ。コーラもらっていいか?」
「俺取ってくる。缶しかねえけど」
「十分だよ。黒子くんはどうする。こっち来て食べる?」

 ベッドから起き出して背伸びをする弟の足下から、ぬるりと黒子が這い出してきた。器用に背中で床を擦って移動するものだから、ベッドの下から出た瞬間に氷室と目を合わせる。
 見慣れたボーダーのシャツはやや大きく、むきだしの臍を隠していた。
 姿を見せたということは食事を共にしたいという意思に他ならず、氷室は手を取ってベッドに招き入れる。ひとりでいたい時は返事をしないのでわかりやすい。

「ありがとうございます。いただきます」
「コーラ三つな」

 弟が黒子を確認して背を向ける。画面では終盤ともいえる銃撃戦が始まっていた。園児が送られる早朝の幼稚園の前でおっぱじめた主人公は、バスの窓際に園児を立たせて盾にする外道を見せる。台詞が少なく、ストイックに皆殺しに向けて進む状況は、途中から見直さなくては展開を掴むことができない。
 弟が戻ってきたら前のチャプターに戻って、食べながらそれまでを聞いて。そうすれば黒子も展開が理解できる。ベッドの下で人間椅子をしていても、不思議と彼は映画を楽しんでいた。
 後ろから黒子を抱き寄せて、シャツの裾から内側へ手を進める。長い時間床に横たわっていたというのに彼の身体は氷室の手よりも暖かい。習慣で、尖った乳首を確かめるように指で擦ってつまんだ。黒子は決して小柄なわけではないのだが、腕にすっぽりと収まってしまうサイズ感が氷室の認識を狂わせる。
 クマの鼻先を水色の後頭部に当てながら囁いた。

「黒子くん上も脱いじゃおうよ」
「おなか冷えるから嫌です」
「この格好だと俺たち変質者だね」
「その格好じゃなくても十分まずいですよ」

 右手を胸から腹へ、その先へと滑らせる。露こそ溜めていないが、色付いた陰茎が弾力を持って上を向いている。氷室は根元と膨らみの境目をわざと指でなぞって、柔らかな睾丸を揉んだ。ピザソースの香りを嗅ぎながらするべきことではなかったが、勃起したペニスがあるとつい指が動いてしまう。
 身動ぎしない黒子の耳朶を食み、焦らすように右手を動かした。

「勃たせたままだよ」
「正直さっきのやりとり興奮しました。ありがとうございます」
「食べてからでいい? お腹へっちゃった」
「仕方ないですね。まあ、そこに立っている火神君の顔を見れただけで、来てよかったと思いました」
「くーろーこー」

 仕返しとばかりに冷えた缶を黒子の頬に押し付ける弟の目は据わっていて、弟にしてはよく我慢できていた。よほど冷たかったのか、黒子は目をつむったまま缶を手に取る。

「冷たいです」
「そういう言い方すんな」
「何度も言いますが、僕は寝取り寝取られ未亡人が好きなんです。火神君も込みでこの状況を気に入っているんですけど。むしろいないと燃えません」
「お前に言われても気持ち悪ぃって」
「よしよし、元はといえば黒子くんのおちんちんに触った俺が悪いんだ。三人並んでピザを食べようじゃないか。冷めると不味いぞ」
「ここで寸止めですか。最高ですね」
「後でお前のちんちんもたくあんになるまで弄ってやるから」
「タツヤにたくあんにされたらニ日勃たねえんだけど」

 弟から手渡された缶を開け、炭酸の弾けるぷしゅりという音で二人の文句を聞き流す。いつの間にかスタッフロールを映す画面を前に、ひとまずコーラを流し込んだ。