本年はやり返される兄貴



①鏡開き
 正月に備えていた鏡餅を下げて食べる日本の風習。毎年1月11日に行われることが多い。

②火神開き
 正月に備えていた鏡餅を下げて食べる日本の風習に則り、氷室辰也が一方的に火神大我を割り開いて性的に捕食する火氷の慣習。鏡開きに合わせて毎年1月11日に行われることが多いが、気分で日付は変わる。



 カーテンから差し込む朝の日差しで年が明けたことを思い出す。昨夜で一年が終わり、今日から一年が始まる。途方もない日数があるのだと浮かれた正月も、大晦日になれば何もしていないと己の無力を悔いるばかり。その繰り返しで年を取っていくのだと思っていた。
 夜中に毛布を蹴とばさなかった兄は、まだ隣で眠っている。規則正しい寝息は鳥のさえずりのようだった。火神は兄の眠りの深さを頬をふににとつつくことで確かめ、起こさないようそうっとベッドから抜け出した。セントラルヒーティングのおかげで、家全体が温かい。ふたりとも素足で床を歩きたいので、靴は玄関で脱ぐ日本式を採用している。
 しんと冷えた板張りの廊下を素足で歩くと、寒さが脳天を突き抜けるように広がり、抜け出たばかりの布団が恋しくなる。靴下を穿けばよかったと後悔するが部屋へ戻るのも面倒で、冷えにぷるりと身体を震わせながらそそくさと事を済ませてしまうことにした。
 用を足し、歯を磨き、ついでに顔も洗ってしまって身支度を整える。髪に櫛を通し、寝る前に吹きかける香水をワンプッシュだけ首元で香らせる。準備を整えると、そうっとドアを開けて部屋に戻り、服を着替えることなくベッドに潜り込んだ。
 日本で過ごしていた頃は大きなベッドを置く場所がなく、もっぱらリビングに敷いた二組の布団に兄と眠った。アメリカに戻ってルームシェアを始めてからは、大きな寝室に広々としたベッドを置いた。訪れる友人には夫婦のようだと真顔で揶揄われるが、兄と同じベッドで眠るのは幼い頃からの習慣なのだから、夫婦も何も関係なかった。
 ひとりで眠るのは寂しい。かといって誰でもいいわけではない。兄だからこそ、一緒に眠ってほしいと願う。
 サイドチェストに並べた二つのアクセサリーボックス。スマートフォンはどちらも真っ黒な画面の端が点滅して、着信があることを示していた。返事をしなくてはならないが、それは今することではない。
 睫毛に縁どられた目蓋を下ろし、安らかな眠りに耽る兄の、無垢な寝顔をいつまでも見ていられた。そうしてどれだけ経ったのか、兄が前触れもなく目蓋を開けた。それはまるで、王子の接吻で眠りから目覚めた白雪姫を思わせるほど純朴で初心な姿だった。
「あけましておめでとう」
 火神に気がつくと、まだ覚醒しきっていない頭でどうにか新年のあいさつを告げる。平生の兄からは考えられないような、芯の抜けきったくたくたな有様、言うなれば酢に漬けたタコが漏らす泡のような末期。それが真っ先に己に向けたものであったことに、覚醒しきった火神の脳は喜びで色付いた。
 兄と過ごす新たな一年が、兄の気遣いによって、胸いっぱいの兄への愛おしさで始まる。これを喜ばずして何を喜べというのだ。世界は確かに火神と兄を祝福していた。
「あけましておめでとう、タツヤ」
「いまなんじだ」
「七時すぎ」
「案外夜更かしがへただな俺たち」
「年跨ぐ前に寝たもんな」
 ハッピーニューイヤーをタイムズスクエアの狂騒で迎えるだとか、気心の知れた仲間とパブで迎えるだとか、賑やかな年の越し方に少し飽いてしまっていて、今年は自宅でのんびりと大晦日を過ごした。シーズンの試合のダイジェストをソファで見ているうちに眠くなり、揃って真夜中前にベッドに潜った。昨夜はまったく、年忘れとは無縁の静けさだった。
 まだ夢見心地の兄の頬にくちづけを落とせば、兄はくすぐったそうに額に皺を寄せて悶えた。幼い子供が駄々をこねるような、陸に挙げられたタコが吸盤で濡れた地面に這いつくばるような、どうしようもない事柄に対して無意味な抵抗を試みる有り様に、火神の庇護欲と支配欲がむくむくと膨れ上がる。
 隙を見せ続ける兄の指に己の指を絡めて、逃げられないようにしてしまう。兄はそれが己に引っかかった、邪魔なツタか何かのように訝しくしげしげと見やる。
「朝からげんきじゃないか」
「いつもタツヤに開かれっから、今年は俺から開こうって思って」
「なにを?」
「俺」
 しばらく兄はふやけた脳にぴったりの、ふやけた顔で考えを巡らしていたが、ようやく点と点が結ばれたようだった。兄の脳裏で描かれた星座は、それは間抜けな姿をしていたようで。
「おまえね、鏡開きは十一日からだよ。今からじゃあ姫はじめじゃないか」
「そういえば雑煮にすんのそんくらいだった? 気ぃする?」
「でもまあいいか」
 兄が細かいことを気にせず放り投げたので、火神は表にこそ出さなかったが歓喜に轟いた。寝起きの兄ほど扱いやすいものはない。
 もそもそと未だ覚醒から遠い様子でベッドから抜け出そうとした兄を、火神は大波のように布団へ引きずり込んだ。鏡開き兼姫始めを承諾した直後にベッドから逃げ出されては元も子もない。火神は半ばふざけて兄の腰を掴んだ。
「なんで逃げようとしてんだよ」
「する前にトイレに行きたいし歯も磨きたい。……いいのか漏らすぞ。新年早々コインランドリーに走りたいのか?」
「いやタツヤ起きてんじゃねえか」
 すっかりいつもの調子に戻った兄は己の尊厳とマットレスを人質に取り、要求を通さんと脅しにかかる。近くのコインランドリーまで車で走ればすぐだが、朝から本格的なベッドメイキングをする気は起きない。
 たとえばこのまま事に及んで、堪えきれなくなった兄が甘美な下腹部からさまざまな排泄物──主に火神が調理した昨夜の食事と兄の消化器官とのマリアージュ──を披露することに対する嫌悪や面倒は火神にはまるでなかった。火神は兄のありとあらゆる全てを手中に収めたいという、熱心な好事家の一面を持ち合わせていたから。
 ただし、必要な食材には必要な下ごしらえを。そうしたイベントを行うのならば、ベッドが汚れないための準備を整えるだけの余裕が火神にはある。
 火神が嫌うのは、ろくな準備もせず無駄な後始末だけが長々と続く無謀と無策。長年の付き合いで、それがわからない兄ではない。
「さあどうする。いまからペットシーツを敷いてもいいが、俺はその間にトイレへ走る」
「俺だって鬼じゃねえ。タツヤの気が済むまで待つぜ」
 駆け引きの結果は五分五分といったところ。元より兄が本気で嫌がることを火神が行う道理はない。火神は絡めた兄の指にきゅっと力を込めた。



 ベッドから身体を起こして、洗面から排泄まで。兄が満足するまで身支度を整える間、火神の絡めた指が離れることはなかった。利き手で繋いだことに我ながら惚れ惚れする。兄の左手に絡まった火神の指は、兄の動作を邪魔することなく自らを近しい距離に留め置いた。
 傍から見れば、それこそ氷室の友人である劉などは、「駄々こねた大きな子供連れて氷室も大変アルなぁ」等と揶揄にかかる姿であることに当の火神が気づかない。氷室といえば弟がやけにスキンシップを重ねてくることに慣れきってしまっていて、邪魔であること以外の感情が浮かばなかった。もはや弟は指に絡まった風船に近しい煩雑さしか持たない。
 便座に腰掛け、萎え切った性器から放尿する氷室の姿を、弟はさも当然と言わんばかりの姿で見下ろすのだから、いちいち反応するのが面倒にもなる。首輪で繋がれた犬の排泄を見守る飼い主の顔もこのようなものかもしれない。
 今年は泣かせると固く決意した氷室の胸の内──毎年少なくとも一度は泣かせているのだが──をよそに、火神は兄をずるずると思惑通り再びベッドへ引きずり込んだ。てっきり押し倒されるのかと思いきや、弟はベッドの上で氷室を固く抱きしめて、その両腕に仕舞い込んだ。身支度を整えて清潔を実感した氷室は、ぬくもりの消えたシーツにふるると身体を震わせる。腕の中の震えに火神は問うた。
「寒い?」
「これから暖かくなるんだろう?」
 うなじに湿った鼻先を押し付けられる。氷室は縁遠くなってしまった犬の濡れた鼻を思い出した。弟というのは確かに大型犬に似ている。大きな図体に身を預けると、その高い体温に包まれていつの間にか眠ってしまう。
「トイレから歯磨きまでお前が手を離さないとは思わなかったよ」
「今日の俺は甘えたい気分」
「よしよし。気が済むまで付き合ってやる」
 後ろ手で弟の短い髪をくしゃくしゃと撫でてやった。それが弟の望みかどうかはわからなかった。
 弟の頬が首筋に押し当てられる。まるで氷室をその体重で押しつぶしてしまいたいかのように、もしくは手の中に収めてしまいたいかのように、弟は氷室に寄りかかった。性行為から遠いそれから、氷室は幼子が親を求めるような人恋しさを感じた。
 様々な代替品、たとえば幼い頃に別れた母親や、滅多に顔を合わすことのない父親、幼き無謀を共有した友人や、バスケットボールというスポーツのライバル、性的欲求を満たすパートナー、などなど。弟はさまざまな関係を氷室に求めたが、それは彼にとってのあらゆる代替に過ぎないことも知っていた。他者に求めるあらゆる関係を氷室に集約しようとした弟を一度は拒絶し、しかしこうして再び受け入れている。
 編入という形で日本に再び訪れた末に天賦の才をまざまざと見せつけられたあの試合で、氷室は確かに弟への矜持のひとつが折れて砕けた。追いかけてくる相手から逃げるのが面倒だと感じるようになったのは、つまりは氷室が再び弟を受け入れる気になったのは、あの試合で他でもない弟に負けたからなのだと。そうしたあらましを弟に伝えたことはない。
 またひとりで悔いて自責の念に潰れる弟を見たくはなかったし、付き合う気もなかった。ただ、弟がここまで彼の弱さを曝け出してまでどうして氷室に執着するのか、氷室には理解できない。
 火神にとって何物にも代えがたい、己の全てを受け入れてくれる無二の兄という信仰に近い思い込みを齎したのは、幼い編入生へボールを渡したことから始まる氷室が選んだ選択肢すべてであった。異国の地で戸惑う編入生に手を差し伸べ、弟と認めた時点で氷室はもはやこの運命から逃れることはできなかった。
 ふたりはその帰結のひとつを、こうしてその身を以って味わっている。ただ幸いなことに、互いにとって苦さはスパイスにしかならないほど、現状の関係に納得していた。
 抱きしめられているだけであるのに、押し付けらえた弟の体温に昂りを感じている己がいた。弟のかたちの良い頭部の輪郭を指で覚えてしまうように、ゆっくりと撫でてやる。
 このまま窒息しても許せてしまいそうな多幸感に理性が痺れていた。蒸れた汗の匂いにうっすらと弟の好む香水が薫って、燻った欲望が出口を求めた。抱擁のその先がしたくてたまらない。
 はあ、と熱い吐息を漏らした。
 閉じ込める腕の力が緩まるとともに弟の指が裾から伸びて、素肌の横腹を撫でる。首筋に音もなく押し当てられた唇は、くすぐったく温かい。唾液に濡れた熱い舌で、劣情をそそるように舐められると、それだけで性器が芯を持つ。
 己よりも高い体温の指が肌を這い、氷室の欲望に火を灯していく。ゆったりと取り払われていく寝間着が肌を滑るのでさえ、いまの氷室には悩ましかった。
 触れられる度に己の輪郭が形作られていくような、そうした空想を描くほどに、弟は丹念に氷室の肌を探った。幼い頃からボールを手繰ったために厚くなった掌は、今や氷室の身体を心得ている。弟に背を預けて齎される快楽に夢見心地の氷室は、開いた脚から下着が抜けていくのを他人事のように感じた。
 人肌に馴染んでいないジェルで濡れた弟の指が窄まりを拡げながら、肉を掻き分け入ってくる。ひとりでに開いた脚を膝で立て、腰を浮かせて弟のやりやすい姿勢を取るのは、その実与えられる快楽を深く享受するためだ。まだ中指ひとつしか入っていないというのに、茜に色付いた性器の先端は蜜で重く濡れている。
 初心な肉壁を割り開き、根元まで押し込まれてくすぐられるだけで、氷室は堪えきれず声を上げた。弟の腕を掴み、弟の胸に凭れて、身の内を弄ぶ快楽に身を任せる。
 まるで身体だけが処女へ戻ったかのように、弟から与えられる好意に翻弄された。
 弟の指はこうも氷室を狂わせるものだったろうか。弟の体臭はこうも氷室を酔わせるものだっただろうか。
 すっかり熟しきった内側を中指と人差し指がぐちゅぐちゅと音を立てて弄ぶ。氷室はまるで性器を挿入されたかのように、弟にしがみついて身悶えた。逃げるように足を押し付けたために、シーツは波打ち、深い皺が刻まれた。
 自分でも制御できない快楽に、氷室は甲高い嬌声を上げた。濡れて熟した肉壁を拡げるように擦られるだけで、腰が揺れる。堪えきれなくなった蜜はシーツにいくつかの染みを拵え、幹を伝って嚢を濡らした。
「タツヤ」
「ン、んぁ、んっ」
「かがみびらき、できる?」
 汗を拭うように頬を撫でられ、耳元で囁かれる。そこでようやくこの行為の始まりを思い出す。言葉遊びで毎年行っている火神開きをするためだったのだと。
 氷室は体内から抜けていく指を名残惜しく感じながら、どうにも火照った頭でこの後すべきことを考えた。弟を求めて肉壁がひくひくと蠢いている。氷室は緩慢な仕草で弟から身体を起こした。
 一糸纏わぬ姿の氷室に対し、寝間着のままの弟はそれが煩わしいものであるかのように、軽快に脱ぎ捨てていく。なぜこの男は脱いでいなかったのだろうかと、己が原因であることも忘れて氷室は溶けた理性をさらにぐずぐずに腐らせた。
 準備を整えた弟が胡坐をかくように脚を伸ばし、氷室へ手を差し伸べた。氷室はその手を受け取る代わりに、頬を寄せて愛撫を求める。片頬を包む弟の愛しい掌。氷室の体液でふやけた指が氷室の唇を乞うように撫でた。
 薄く開いた唇で望み通り弟の指を招き入れる。己の体液の残滓に舌を這わせながら弟の指を舐めていると、自分がこの男の飼い犬になったかのようだった。
 弟は唾液で熱く濡れた指を、氷室の窄まりに当ててその具合を確かめる。それだけで恥も外聞もかなぐり捨てそうになるのを最後に残ったひとかけらの矜持で食い止め、目の前の膝に跨った。
 両脚をすっくとシーツに立たせ、中腰のまま弟の屹立に己の窄まりの縁を擦りつける。それだけで待ち遠しく唾液が溢れた。弟の陰茎はひとりでに準備を整え、氷室を訪ねる準備はすっかり整っていた。氷室が手を添えなくとも誇らしく天を向いているのだから笑ってしまう。
 開いた弟の股に腰掛けたその先を思うだけで、氷室は膝が笑ってしまいそうだった。毎年一度どころか気が向けば行う慣れた体位が、今は空恐ろしささえ伴って待ち受ける。
 そうっと弟を窺えば、揶揄のかけらもない眼差しでこちらを見守っている。氷室は久方に湧く羞恥に眦を赤く染めながら、弟をゆっくりと迎え入れた。
 意図して腰を下ろしているつもりはないのに、身体は勝手に奥へ奥へと誘った。弟は内側から氷室を真二つに割り開き、敏感な肉壁を擦る。弟の下腹が尻に着いた頃には、肌にしっとりと汗をかいていた。膝をシーツにつけ、自重で更に弟を奥へと招く。勃起しきった屹立が根元から揺れて、蜜をぼたぼたと垂らした。
 氷室は思わず弟に凭れかかっていた。これでは開かれているのは氷室の方だ。
 汗ばんだ弟の首元に顔を埋めて吐息を漏らす。氷室の背を弟の手が撫でていた。ただ咥え込んでいるだけだというのに、肉壁が締め付けているのがわかる。その厚みも長さも十分すぎるほどこの身を以って知っている。意思を置いて身体がその先を欲しがっていた。内に招き入れた弟から与えられる快楽は毒のように隅々にまで回る。
「……悪い、どうにかなりそうだ」
「タツヤ、寝起き弱いのかも」
「それはある……かもしれない」
 悩ましい吐息を置き土産に熱い身体を重だるく引き剝がし、氷室は弟を根元まで深く咥え込んだ。シーツにつけた膝を支えに、欲望に従って腰を振った。硬くしなった幹を擦り上げては戻すたびに、強烈な快楽に染められる。腰を動かすたびに結合部からぐちぐちと濡れた音が聞こえた。いつもであれば好いところに先端が当たるように身体を動かして調整するが、今はどこを擦られても腰に響く。まるで全身で弟を感じているかのように。
 揺する度に卑猥な水音が響き、氷室は弟の幹が己の体液でしとどに濡れている様を想起した。見下ろせば、触れられてもいないのにひとりでに尖ったふたつの乳首がつんと存在を主張していて、氷室は今更のように恥じらった。
 普段であれば弄する支配欲が先に立つというのに、身の内を擦る弟に呑まれて嬌声を上げるばかり。小刻みに腰を動かすのはもはや弟を悦ばせるためではなく、己の肉欲のためだった。
 これでは弟に示しがつかない。しかし、肝心の氷室がまともに弟を見ていられないのだから、もはやどうしようもなかった。
 幻滅されただろうかと恐る恐る弟を窺えば、じいっと氷室を見つめたまま耳介を赤らめ、困った顔でもじもじと物言いたげに唇を開いてはまた閉じる。氷室は唾液を飲み込んで弟の腹の上で小休止を取った。
「……どうした?」
「タツヤかわいい……」
 そう告げるのすら恥ずかしいのだと言わんばかりに手で己の顔を隠して、開いた指の隙間から紅の瞳でそうっと覗いている。氷室はこめかみを流れる汗を感じながら、ゆるい虚脱を感じた。
「可愛いと言われても……俺にはどうしようもできない」
「全然できなくていいから……。動いて、い?」
 そう問われれば頭を縦に振るしかなかった。どれだけ腰を振ってもどこかもどかしさの残る交接に、決定的な終止符を求めていた。
 弟が腰を浮かせ、奥でつながったままベッドに横たえられる。体勢を変える際に奥まで押し当てられてズレるそれだけのことで、眉が歪んでしまうのが口惜しい。
 下はマットレスだというのに、わざわざ後頭部に手を当てて気遣うのが弟だった。こうした弟の些細な心配りの積み重ねを当たり前に享受する生活では、他の男に目移りする気など起きるはずがなかった。
 シーツに膝をつき、暗く影を纏った弟を前にして、期待で下腹部が強張った。氷室の脚は弟をより深くまで味わうために、腰を浮かせてひとりでに開いている。
 もう奥まで入っているというのに、それだけでは足りなかった。弟の好きなように擦られて身の内で燻る火の粉を燃やしてほしかった。
 弟の手が下腹部の端からゆっくりと中心を撫でて臍で止まる。それが何を意味しているのかわからない氷室ではない。焦らす手管に氷室は口元を緩ませた。
 独占欲に浮かれているのは弟の方だった。氷室を窺うかのようにゆったりと始まった律動は、その実肉壁の隅々にまで弟を教え込む。緩んだ唇の隙間から漏れるか細い嬌声は、繰り返される規則的な反復の合間に、すすり泣きに似た懇願へと変わった。
 氷室は我知らずシーツを掴み、身を焦がされる快楽に耐えた。下半身だけが意思に反して貪欲にその先を受け入れている。
 熱い吐息と嬌声の合間に、掠れ交じりの声で問う。
「……お前、盛ったか?」
 あまりの悦びに瞳を潤ませながら尋ねた。伏せた目的語がわからない仲ではない。もはやこの身に起こる強烈な快楽は薬のせいだと説明された方が納得がいった。
 組み敷かれた氷室同様にこめかみから汗を垂らす弟はふと真顔に戻り、あっけなく否定する。
「さすがに合意なしはする気起きねえって」
 弟の性格上、噓ではなかった。弟が平生と何かを変えたわけでもない。となればやはり、原因は氷室にある。
 火神は借りてきた猫のように大人しい兄の濡れた頬を撫で、眦でひかる涙を拭った。睫毛を濡らして陶酔に揺れる眼差しで見つめられれば、誰だって言葉少なになる。
「つらい?」
「辛くはないが……処女になった気分だ」
「何十年前だよそれ」
 おどけてみせるも、兄は失笑する代わりに涙で濡れた瞳で真っ直ぐに火神を見つめる。
「いい男になったな」
 それは兄が漏らした心からの賛辞に違いなかった。火神に否定や謙遜の言い訳を紡ぐ余裕はなかった。兄は花開くように朱に染まった耳介を目にしただろうか。火神は身の内に宿った爆ぜる炎に唇をわななかせる。兄は質量を増した火神に気付いたのか、小さく喘いだ。
「タイ、ガ、んっ」
 情動のままに兄を貫き、穿っていた。手加減などできるはずがない。激しい律動に兄の黒髪は乱れ、シーツに海藻のように漂う。それが己の行為を責め立てられているようで、一層火神は興に乗った。
 甲高い嬌声が火神の鼓膜を震わせる。組み敷いた兄が己の名を呼びながら身悶える姿に、まともでいられるはずがなかった。
 甘い泥濘はどこまでも深く、火神を捕らえて離さない。
「ンっ……お前の、でしかイけなく、なりそう……だ」
 快楽に美麗な眉が歪む。譫言のように殺し文句を漏らすのだから、火神は顔を真っ赤に染めて抗議した。
「タツヤえっちぃって……!」
「お前の、かたちに、作り変えられてる、みたいな」
「ッ……!! も、反則だろ……!」
 匙を投げるように叫んだ。抱いているのはこちらだというのに、結局のところ今年も兄に開かれている。素に戻った兄に訴えたところで、「本当の事だろう」と真顔で返されるだけだ。
 損得勘定を放り投げた兄の本音にいつまでも振り回される。年を幾度重ねても、同じことを繰り返していそうだった。
 兄は気付いているだろうか。親しくなればなるほど飾らなくなっていく挙動に、どれだけの人間が魅了されるか。
 たったひとり彼に弟と認められた己が、どれだけの幸福を甘受しているか。
 耳元で喘ぐ兄の呼吸は浅く早く、断続さを増す声の調子で果てが近いことを知らせた。火神は絡めた兄の指をことさらに強く握る。
「あ、も、イっ、く、ァ」
「ン、ぁ、タツヤの、好きにイってい、から」
 同じだけの力で握り返す兄の指。力を籠めすぎて感覚の乏しくなった手はまるで一つになってしまったかのよう。
 思うさま奥を擦り続けていると、不意に兄の声が大きくなる。断末魔のごとく叫び、悶える身体に最後の奉仕を続けた。きゅぅと狭まり締め付ける内の苛烈さに歯を食いしばりながら、兄が満たされるまで腰を動かす。
 兄が小さく息をついたのを感じて、火神もまた溜め込んだ欲望を吐き出した。ひくひくと震えては収縮を繰り返す粘膜に吐精していると、一滴残らず搾り取られる様を想起する。
 互いの汗でぬめる肌を引き剥がす。おうとつが刻まれた腹の上で、反ったままの性器からどろりと濃い白濁が垂れていた。いつもであれば火神の腹まで汚すものだが、見ただけでわかる重みに納得した。数日間吐き出していなかったのかと思うような有様に、火神はひとり合点する。
 ふたりきりの大晦日と元旦を過ごすために、ここ数日はふたりとも忙しなく動き回っていた。
 乱れた前髪すら放って、呼吸を整えようと喘ぐ兄が静かにのたまう。
「これがスローセックスか……」
「ぜったい違ぇ」
 兄からゆったりと引き抜いて、音を立ててベッドに沈む。年の初めに行う情事には似つかわしくなかったが、結局火神は開かれてしまったし、同時に兄を開いた気もするし、姫はじめも済ませたしで、あらゆる目出度いことが一度にできてしまった。何より、新年から兄にとっておきの殺し文句をもらえて、火神はほくほくしていた。
 来年もまた兄にいい男だと認めてもらうために、今年も精進に励まねば。
 兄がまだ火照った身体を寄せて、火神の腕をぎゅっと掴む。隣を向けば、兄が唇を尖らせていた。
「まだ、していいだろう?」
「とーぜん。出涸らしになるまで付き合うぜ」
 兄からしてみれば、ようやく前座が済んだところ。身体が温まり、本調子になったのだろう。
 閉じたカーテンから差し込む日差しは強さを増して室内を染めている。火神は元旦から行う本格的なベッドメイキングを覚悟した。
 一年の初めの一日をベッドの上で費やそうが、ふたりにはもはやどうでもいいことだった。