みんなだいすきおなほとーく

普段は火神×氷室なので氷室×火神となったときに氷室が喘ぐ
なぜか青峰→黒子/黄瀬→黒子 なんでだろう?



「タイガ、おなほって何だ」

 つまんだちくわをぷらんぷらんさせた氷室が立つのは週末の台所。愛用のエプロンをかけ、まな板に向かっていた兄の口に、火神は炒めたこんにゃくの切れ端を押し込んだ。厚揚げとタケノコとこんにゃくをごま油でざっと炒めた今夜のおかず。兄はまだ熱いそれをはふはふと噛み砕いてのみこんだ。

「いいおかずだ。ごはんはまだ炊けないのか? 俺はこれでおかわりがしたい」
「もう三十分もしねえから、タツヤはそれ切ってくれ」

 氷室がふたたびまな板に向かったことに安堵した火神は冷蔵庫から豆腐とネギを取り出す。コンロを埋める鍋にはだし汁が揺れていた。

「それでおなほなんだけどな」

 兄はきゅうりの切ったものをちくわの穴に詰めながら話を続けた。

「俺のロッカーの中に赤と白の縞模様のマラカスみたいなのがあって、白地で『TAIGA』ってかいてあったんだ。手にとって細かい文字を読もうとしたらアツシに取られてそのまま返してもらえなくて」

 パッケージを裂くはずだった刃先が豆腐にめりこんだ。火神はいびつに破けたパッケージからしたたり落ちる溶液の冷たさを感じながら包丁を抜き、手でパッケージを解いた。びーっと独特の音を立ててビニールが引っ張られていく。

「音を鳴らそうとしゃかしゃか振ったらアツシがプレミアムまいう棒を割られたような顔をしてさ。いきなり俺の手から奪い取って、劉のところへ持って行ったんだ……ふたりだけでひそひそ話をして……おなほって言ってるのが聞こえて……」

 きゅうりがちくわの奥まで入っていかないらしく、兄が指でちくわに埋もれたきゅうりの先を押し込んでいる。きゅうりを穴に埋め込まれたちくわはぽってりとふくらんでいた。

「キャップ開いてたか?」
「キャップなんてあったのか? 俺が触ったやつはなかったと思うけど」

 プラスチックの容器から水気を切り、崩れた豆腐をまな板に乗せる。火神はそこで途方に暮れた。

「なあ、おなほって何だ? お前の名前があったんだ、なにか知っているだろう」

 兄が火神を見ながらちくわに刃を下ろす。すぱぁんときれいな音を立てて、斜めに切られたちくわのきゅうり詰めがまな板に転がった。



 放課後。国道に面した窓から夕暮れが差し込む店内の一席。六人掛けの席を制服を着た男子高校生が埋めており、熱を帯びた異性の視線がひっきりなしに注がれるも、ひとりを除いて自分に向けられたものではないと知っているので彼らは至ってマイペースだった。異性の注目を一身に集めるひとりもこうした環境が当たり前であったので、普段通りの振る舞いである。
 いつものように店員の努力がひかるバーガーの山を三合目ほどまで減らした火神は、トレーに広がるくしゃくしゃに丸めた包みの海の前で顔を埋めた。頬がテーブルにひっつき、ふたつに割れた眉はへにゃりと下がっている。

「変態国家日本の性玩具に疎い兄貴からオナホの説明を聞かれる日が来ると思った……?」

 火神とテーブルを共有している向かいの黒子はずずずずと残り少ないカップの中身を音を立てて口に運んだ。火神がバーガーを消費しながら語った話の中心人物である氷室はつくづく妙なところで帰国子女らしさを発揮する。何者かによってもたらされた火神と同じ名前を持つマスターベーション・サポートグッズ。氷室の傍迷惑な疑問は火神を週明けから困惑と苦悩の渦に叩き込んだようだ。
 オナホールなどアメリカどころか先進国ならどこにでもありそうな品である。それを理解できなかったのはあの会社が作る独特な形状ゆえか、はたまた自分の穴を埋めることに夢中で他の穴に目が向かなかったのか。どちらにしろ火神は災難だったとしかいいようがない。

「落ち込まないでください火神君。キャップがないってことは未開封だったかもしれませんし。それにしても黛さんがよろこびそうなフレーズですね。黄瀬君バニラシェイクください」
「あっいまここでっスか……ちょっとだけ心の準備させてくださいっス……直飲みなんてこまっちゃうっすよぉおおお」

 恋をした少女のように頬をぽぽぽと紅潮させ右手をいきおいよくテーブルの下で振り出した黄瀬を前に、ポテトをくわえた青峰がめんどうそうに吐き捨てる。

「黄瀬ぇ、ちんこかゆいならトイレで掻けや。バーガー腐る」
「ナイスです青峰君。いくらすれても純粋培養でいてくれる君が好きだ」

 死んだ魚のような瞳をかっと見開き、テーブル下で黄瀬の股間を踏みにじる黒子に、今度は青峰がぽっと頬を染める番だった。黄瀬は右手で握りしめたものへじりじりと刻みつけられるローファーの激しさに身体をひくりひくりと揺らす。

「あぁ……いたいっす、くろこっち、いたぁああ、い、あっ……あ、あああ」
「っあ、あああ当たり前のこと言っただけだろ……お、おれもテツのことが!!!」
「高校でも俺を苦しめんのかよ株式会社TAIGA……俺から中学時代を奪っただけじゃ飽きたりねえのか……損害賠償ぶっかけるぜ」

 テーブルにへばりついたままカップへ伸びた火神の手は過去を耐えるように震え、やわな紙製のカップにへこみをつくる。ストローの先から吐き出されたケフィアのしずくは、黒子の横に座った青峰の顔にしたたった。口をあの字にし、眉間に皺を寄せ火神に白くよごれた顔をいきり立たせようとするも、黒子からぼそぼそとした繊維の毛羽立つ備え付けの紙製ナプキンを渡され、おとなしく口を閉じる。

「まさか君のうすぐらい中学時代が株式会社TAIGAによるものだったとは驚きです。火神君のお父さんの力を使って会社を買収したらどうですか。友好的買収で和姦に持ち込むんですよ。そして社名をTATSUYAにしましょう」
「おもしろがって援助しそうだからぜってーヤダ。オナホと無縁の親父でほんっとーによかった……一生オルエント工業の世話になってくれ」
「それも広義のオナホですけど……それで、氷室さんにはなんて返したんすか?」

 火神はテーブルに張り付いたままむずがるように向きを変えた。物を思うように細めた目はあまい憂慮を帯びていた。

「音のしないマラカスでごまかしてもよかったんだけどよ、それだとあれじゃん……ロスにいるどっかの腕っ節強いツリ目キレイ系兄貴が『タツヤの弟が教えなかったオナホの使い方……腰がくだけるまでたっぷり教えてやるよ』とかなんとか言いくるめてタツヤにオナホデビューさせんじゃん。だから今週末まで待ってって言った」
「ヤリ部屋フル活用ですねおめでとうございます」
「だからよータツヤに最高のオナホデビューさせてえんだけど何がいいかですげえ迷ってる。あたまいてえ」
「あっそういう流れスか」
「黒子何派?」

 小動物を思わせるつぶらな暗い紅の瞳が、乞うように黒子を見上げる。相手が女子大生か氷室辰也であれば一発で彼のために脚を開くのだろうと思いながら、黒子はシェイクのおかわりが待ち遠しくてたまらなかった。

「僕は手淫です。シンプル・イズ・ザ・ベストです。好きなゾンビのタイプはロメロ派です」
「わりぃ聞いた俺が馬鹿だった」

 もぐらが巣に帰るように、火神が組んだ腕の中にもぞもぞと顔をひっこめる。青峰は椅子の背もたれに体重をかけ、組んだ手を後頭部に添えていた。眉間に皺を寄せたまま、だるそうにふてくされる。

「しゅいんだのおなほだの……お前ら何いってんだ? ごちゃごちゃわかんねーこと言ってんじゃねーよ」
「青峰、オ●ニーって何?」
「あン? 何ってオールド・ナショナル・ニンジャパワーだろバカかお前。日本人に生まれつき備わってる本能だろーが」
「すみません、彼は桃井さんによりレイティングが施されていますので……」
「幼なじみこわいっす……そういえば火神っちと氷室さんもそうだったコワ」

 口に手を当て、ぷくくと笑みをおさえようとして抑えられないでいる黄瀬を横目に、火神は再びごろんとテーブルに上体を転がした。盛りのついた同世代が顔をそろえたというのに参考になりそうにない。少年誌用のインタビューで伏せ字込みながら堂々とオ●ニーを言い放った奴でさえこれである。このままテーブルの下でひんむいて正しい性知識を叩き込んでやろうか。
 すぐにやってくる週末に向けてあれこれ準備をしなくてはならないというのに、解決の糸口すら掴めない。火神はきゅるるとちいさく鳴り始めた腹をさすりながら、バーガーの裾野を眺めた。

「あーマジかどうすんだこれ……黄瀬ーぷぬあなDXと牛々しい妹だったらどっち」
「すじまんぱくぅ一択っス」

 火神の隣に座る黄瀬がナゲットを食みながら答えた。この際、選択肢以外を答えても文句はない。火神はようやくまともな感性の持ち主と出会えたことに安堵した。

「あれエロいよな」
「正直女とヤる気失せるっスわ」
「お前潔癖入ってるから好きだろ」

 左手でつくった筒のなかに伸ばした右手の人差し指と中指をしゅこしゅこと抜き差しし、見せつける。にっと笑みを浮かべた黄瀬はケチャップのトレイに浸したナゲットを火神の口へ運んでやった。

「そーなんすよ。やっぱ入れるからには新品のきれいなやつがいいじゃないすか。病気ないし、正真正銘俺だけのだし。ローション使うからきもちわりぃアレで汚れねーしいつでもあったかくて濡れ濡れだし」

 なによりアレの心配しなくていいじゃないスか。火神の耳介でぬくもった吐息が弾ける。火神は音もなく唇の端を引き上げた。

「供養しそうだな」
「するっすよーちゃんと塩かけて紙に包んでありがとうございましたしてから個別のゴミ袋でさようならス。ショーゴくんは俺のお古喜んでつかってたけど元気スかねえ……」

 黄瀬はナゲットをつまんでいた指を舐め、ナプキンで拭いた。拭いた面を折りたたむと、煩雑なトレイに放る。

「灰崎君の中古趣味もそこまでいくと引きますね。彼、黄瀬君のだったらなんでもいいんじゃないですか」
「灰崎は覚醒をねらっていたのだよ。あれは十やそこらでできるものではない。準備、挿入、後片付け、保存に至るまで細心の注意を払い丁寧に扱うことが重要視される。家族の目をかいくぐり逢瀬を重ね、裂傷を負わせることなく到達した穴は俺と彼女による愛の結晶。……それからの営みは口に出すまでもないだろう。夏の湿気、冬の乾燥……四季という名の障害を俺は愛情で乗り越えてきた。覚醒……それは俺の愛に彼女が応えた結果。オナホへ注ぐ真実の愛によって、俺は今夜も覚醒したR-38に根元まで包まれる」

 たっぷり一分半ほど講釈を垂れた緑間は、眼鏡のブリッジをテーピングを施した中指で押し上げた。黄瀬の横に腰掛けた緑間の広げられたポテトとそのトレイを、黒子は初めて気がついたように目視する。黄瀬はせせら笑った。

「緑間君いたんですか」
「熟女趣味っスねー。あれゆるくないすか」
「かまびすしい。全てを包み込む薔薇色の膣襞(かべ)の処女(をとめ)と呼ぶのだよ黄瀬」
「薔薇色の髪の彼女がいたのかよ……緑間のくせに抜け駆けしやがって!」

 いきり立つ青峰を前に、緑間へ向けて黄瀬がしずくのしたたるカップをがしゃがしゃと揺らした。

「穴なのにおとめスか。貫通式ひだゆる熟女ホールで処女すか」

 カップに垂れたしずくを整った人差し指でねっとりと擦り上げて。

「それで、やーっぱおばさんは乾き気味っすかあ?」
「タツヤだってゆるふわだけど永久名誉処女だぜ。空気抜きの必要ねえ覚醒済み非貫通式最上級ホールで」
「ブラコン仕様のつぽみちゃんは結構です。ところで結局氷室さんのロッカーに入っていたTAIGA君は使用済みだったんですか? それによって意味合いがかなり変わりますけど」
「キャップすら気づかなかったタツヤがわかるわけねえだろ」

 黒子の問いに眉をつりあげ頬を膨らませ、火神があどけない仕草でむすっと拗ねる。黄瀬が場を盛り上げるようににへらと格好を崩した。

「紫原っちも呼べばよかったっスねー。案外簡単に話まとまったりして」

 緑間が物言いたげにブリッジを押し上げた。

「……あいつはないしょのついんているずなのだよ」
「ボテ腹どころかグロ待ったなしじゃないスか!!!」
「火神君、氷室さんに紫原君のベッド下に女児用ぱんつがないか聞いてみてください」
「なんで紫原がちっちぇえ女の子用のぱんつ持ってんだよ……こええよ……」

 会話の表面をなぞることしかできない青峰が元チームメイトの隠された嗜好にぞっとおぞける。にわかに活気づいたテーブルを横目に、火神は伸ばした腕へ頬をこすりつけた。冷めた揚げ物のにおいが鼻につく。

「どーすっかなあ……」